東京高等裁判所 昭和57年(ネ)912号 判決 1983年12月22日
控訴人 社団法人全日本狩猟倶楽部
被控訴人 大河良雄 外一〇名
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人大河良雄、同倉沢幸雄、同佐藤栄、同鈴木則良、同高橋時司、同西一郎、同松本吉生、同南木保、同宮崎星磨の控訴人に対する訴えを却下する。
三 訴訟費用中、被控訴人大河良雄、同倉沢幸雄、同佐藤栄、同鈴木則良、同高橋時司、同西一郎、同松本吉生、同南木保、同宮崎星磨と控訴人との間に生じたものは、第一、第二審とも右被控訴人らの負担とする。
四 本件訴訟中、被控訴人三田道忠と控訴人に関する部分は昭和五六年八月一三日同被控訴人の死亡により、被控訴人戸次創と控訴人に関する部分は昭和五六年五月一八日同被控訴人の死亡により、いずれも終了した。
事実
第一当事者の求める判決
一 控訴人
1 原判決を取消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら(被控訴人三田道忠、同戸次創を除く。以下同じ)
本件訴控訴を棄却する。
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、本件訴えの利益に関し次のとおり加えるほかは、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決九枚目裏四行目の「同月」を「同年二月」に、同一〇枚目裏一〇行目の「同第二項の事実は知らない」を「同第二項の事実中、昭和五六年一月二七日控訴人の第三四回通常総会において控訴人主張のように理事、監事の任期の満了にともない新たに理事、監事が選任されたこと及び同年二月六日控訴人主張の各決議がされたことは認める」にそれぞれ改める。)であるから、これをここに引用する。
一 被控訴人ら
被控訴人らは、次の理由により、本件訴訟につき訴えの利益を有する。
1 控訴人は公益的性格を有する団体であり、多くの同好者を集めてその目的の実現に邁進しなければならないが、違法な、本件会長選任決議、本件理事、監事選任決議及び本件理事会決議(以上の各決議を以下「本件各決議」という。)が多くの会員の失望を招き、新役員が就任するや退会者が続出して会員数が減少し、また、本件各決議は控訴人の社会的評価を著しく失墜し、控訴人の狩猟行政への寄与力を大きく弱める結果となつている。更に、会員の減少は必然的に会費の減少を来し、控訴人は団体としての運営を資金面からも圧迫されてきている。このような控訴人の会員の減少、社会的評価の低下とそれによる目的遂行の危殆、団体運営資金の涸渇を招きつつある現状を放置すれば、近い将来において控訴人自身の解散という結果が起こるおそれがある。したがつて、控訴人の解散を防ぎ、その健全な運営をはかるためには、本件各決議の無効確認判決を得ることが必須の条件であり、ここに被控訴人らの本件訴えの利益がある。
2 控訴人は、本訴の係属中である昭和五六年一月二七日に開催された第三四回通常総会において、任期満了に伴う理事、監事の選任決議をし、同年二月六日に開催された理事会において、会長、副会長の選任決議と理事長の選任決議をした。しかしながら、右各決議は本件各決議が無効である以上無資格者により招集され運営された会議における決議であつて無効であるから、被控訴人らは、控訴人を被告として、右第三四回総会における理事、監事の選任決議並びに昭和五六年二月六日の理事会における会長、副会長の選任決議及び理事長の選任決議の無効確認を求めて東京地方裁判所に訴えを提起し、同事件は同裁判所昭和五七年(ワ)第一三八七四号事件として係属している。被控訴人らが右訴えを維持、追行し、訴訟の目的を達成するためには、本件各決議の無効確認判決を得ることが前提となるものであり、したがつて本件訴えの利益がある。
3 最高裁判所昭和四五年四月二日第一小法廷判決(民集二四巻四号二二三頁)は、役員選任の株主総会決議取消の訴えの係属中にその決議に基づいて選任された取締役ら役員がすべて任期満了により退任し、その後の株主総会の決議によつて取締役ら役員が新たに選任されたときは、特別の事情のない限り、右決議取消の訴えは、訴えの利益を欠くに至る旨を判示している。
(一) しかしながら、右の判例は、株式会社の株主総会の形式的な招集手続の違背をめぐつて提起された株主総会決議取消の訴えに関してされた判断であつて、本件のような一種の公益的性格を有する社団法人に関し、実質的にみれば決議内容が定款に違反するような総会決議の無効確認の訴えの場合には適切でないというべきである。
(二) 仮にそうでないとしても、本件においては、次のような特別の事情がある。
(1) 原審において控訴人の訴訟代理人は理由のない裁判官忌避を申立てて訴訟手続の引延しをはかつた。このような場合に右判例を適用するのは、正義に反し、決議無効確認の訴えの制度を没却させるものである。
(2) 被控訴人らは、理事長に対し受領ずみの報酬につき不当利得返還請求訴訟を準備中であるが、右請求をするためには本件各決議の無効を確定することが必要である。
(3) 被控訴人らは違法な本件各決議を行つた者に対し不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起する準備をしているが、右不法行為に基づく損害賠償請求権の有無を確定する前提として本件各決議の無効を確定する必要がある。
二 控訴人
1 控訴人の会員数が漸減傾向にあることは確かであるが、これは全体的な狩猟人口の動向を反映したものであつて、本件各決議とは関係がない。また、控訴人の財政状態は健全であつて、資金の涸渇、預金の費消の事実はなく、現在の執行部になつてからは民主的な会の運営がされているので、会員はもちろんのこと地元自治体からも絶大な信頼を得ており、控訴人の社会的評価が低下している事実はない。
2 被控訴人らが東京地方裁判所に新たに提起した第三四回総会の決議等の無効確認の訴えは、いわゆる将棋倒し論を前提とするものであるが、社団をめぐる法律関係の安定性の観点から、総会を招集した表見上の招集権者の資格に関する問題は、その他の招集手続や構成等に瑕疵がなく、かつ、決議が適法に成立している場合には、総会の良識に信頼して、総会の決議によつて治癒され、新たな総会の決議無効原因となる瑕疵には該当しないものと解すべきである。のみならず、形成の訴えである決議取消訴訟によるべき場合には、決議取消判決によつて決議の効力を否定したうえこれを前提として新たな主張を展開しなければならないが、被控訴人らの新たな訴えは、本件各決議の無効を前提として更に第三四回総会決議等の無効確認を訴求するものであつて、本件各決議の無効を右訴訟において前提問題として主張することができるのであるから、右訴訟を維持追行するため本訴の認容判決を得る必要はない。
3 控訴人の原審における裁判官忌避の申立は、担当裁判官の裁判の公正を妨げるような事情があつたためされたもので、訴訟手続の引延しをはかつた不当な訴訟活動とは認められない。更に、右申立がされなかつたとしても、本件訴訟の審理状況から考えて、本件訴訟は第三四回総会後も未確定で係争中であつたであろうことは明白であり、現時点で右申立の当否を云々することは無意味である。
4 被控訴人らの理事長に対する受領ずみ報酬の不当利得返還請求訴訟及び役員らに対する不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟について、仮に役員たる地位、資格の有無が関係するとしても、右訴訟においてこれを前提問題として審理、判断すれば足りることであり、本件各決議の無効確認判決を求める必要はない。
第三証拠<省略>
理由
一 まず、本件訴えの利益の有無について判断する。
1 商法第二五二条は、株式会社における株主総会の決議の内容が法令に違反することを理由とする当該決議の無効の確認を請求する訴えを認め、その勝訴判決の効力は第三者にも及ぶものとしている。その趣旨は、株式会社の最も重要な意思決定機関である株主総会の決議は、商法又は定款の定める事項に限りなされるものであり(同法第二三〇条ノ一〇)、それは、株式会社の組織、存続及び経営その他の重要な活動の基礎をなすものであつて、その決議の法令違反による効力についての疑義は、これらに関する諸般の対内的、対外的な法律関係についての紛争を当然に予想させるものであることに鑑み、それらの法律上の現在又は将来の紛争を抜本的に解決し、株式会社に関する諸般の重要な法律関係を明確かつ画一的に決するための最も適切、有効な必要的手段として対世的効力を有する決議無効確認の訴えを認めることとしているものと解される。
そして、一般に法人の意思決定機関のする決議には、法人の対内的及び対外的関係における諸般の重要な法律関係の基礎をなすものも存するのであつて、その決議の効力について疑義の存する場合には、諸般の紛争が当然に予想されるものであるから、その紛争の抜本的解決及び諸般の法律関係の明確かつ画一的な確定を図るため、商法第二五二条のようなその決議無効確認の訴えを許容する明文の規定の存しない法人についても、当該法人の組織、存続、経営その他の活動の基礎となる意思決定機関の決議で株式会社についてその決議無効確認の訴えの認められるものに関する限り、右の商法第二五二条の規定の類推適用により、その決議の無効確認の訴えは、確認の利益が当然あるものとして、これを許容すべきである(なお、明文の規定をもつて右の商法第二五二条の規定の単に準用されている法人についても、無効確認の訴えの対象となるのは株式会社のそれに準ずべきものと解すべきである。)
したがつて、およそ法人の理事、監事、理事長等の役員の選任に関する意思決定機関の決議については、その法人の構成員は、当該法人を相手方として、決議の法令違反を理由とする右の決議自体の無効確認を請求する訴えを提起することができるものと解すべきである。
なお、右の商法第二五二条の規定は、商法の一部を改正する法律(昭和五六年法律第七四号)による改正前にあつては、決議の法令違反の場合のみならず定款違反の場合にも、その無効確認の訴えが認められていたが、右の改正法律の附則第七条の規定により改正法律の施行(昭和五七年一〇月一日施行)前の決議についての右無効確認の訴えについては、なお、従前の例によるものとしている。したがつて、本件訴えの対象である決議は、被控訴人の昭和五四年一月三〇日の第三二回通常総会及び同年二月八日の理事会における各決議であるから、その当時、すなわち右の改正前の商法第二五二条の規定の類推適用の例によるべきものと解すべきである。
しかしながら、右のような社団についての役員選任決議無効確認の訴えも、右決議により選任された役員が任期満了により退任し、新たな役員が選任された場合には、特段の事情のない限り、訴えの利益を欠くに至るものと解すべきであつて、このことは、当該社団が営利を目的とする社団であると営利を目的としない社団とであるとを問わないものというべきである。
2 本件についてこれをみると、本件各決議により選任された控訴人の理事、監事、会長、副会長、理事長が二年の任期の満了により既に退任し、昭和五六年一月二七日に開催された控訴人の第三四回通常総会において新たに理事、監事の選任決議が行われ、また、同年二月六日に開催された理事会において新たに会長、副会長、理事長の選任決議が行われたことは当事者間に争いがないから、特段の事情がない限り、本件各決議の無効確認を求める本訴の利益は失われるに至つたものというべきである。
3 被控訴人らは、本件各決議が行われたことにより控訴人には解散に至るおそれが生じており、これを防止し、健全な控訴人の運営を行うには、本件各決議の無効確認判決を得る必要があると主張する。しかしながら、仮に被控訴人ら主張のような事態が生じているとしても、被控訴人らの主張によれば、その事態は本件各決議が違法に行われたという行為事実に由来しているというにすぎないものであり、本件各決議の効力ひいては右決議により選任された役員の地位、資格の有無の不明確なことによるものではないと解されるのみならず、すでに本件各決議により選任された役員が退任し、新役員が選任され、新役員が控訴人の運営に当たつている状況の下においては、本件各決議の効力の有無すなわち退任した旧役員の地位、資格の有無を明確化してみたとしても、直接かつ効果的に右事態に対処することができるようになるものとは考えられないから、被控訴人らの主張は理由がない。
4 次に、被控訴人らは、控訴人の第三四回通常総会における理事、監事の選任決議並びに同年二月六日の理事会における会長、副会長及び理事長の各選任決議の無効確認訴訟が東京地方裁判所に係属中であり、右訴訟の維持、追行のために本件各決議の無効確認判決を求める必要があると主張する。しかしながら、決議が取消しうべき瑕疵があるにとどまり、判決により右決議が取消されない限りその決議の効力のないことを前提とする主張をすることができないような場合であれば格別、被控訴人らが東京地方裁判所に提起し係属中の前記決議無効確認訴訟においては、本訴において本件各決議の無効確認判決を得なくとも、本件各決議の無効をその前提問題として主張することが可能なのであるから、前記訴訟の維持、追行のため本件訴えの利益があるものということはできない。
5 次に、被控訴人らは、原審において控訴人訴訟代理人は担当裁判官の忌避申立をして不当に本訴の引延しをはかつたものであつて、かかる事情の下で、本件各決議により選任された役員の任期満了による退任と新役員の選任により本訴の利益が失われるものと解することは、正義に反し、決議無効確認訴訟の意義を失わせるものであると主張する。しかしながら、仮に、原審における控訴人代理人において理由のない裁判官忌避の申立を行い不当に本訴の引延しをはかる意図を有していたとしても、それに対する制裁は別途に考慮されるべきものであつて、本件各決議により選任された役員が退任し、新役員が選任された後においてもなお、そのことの故に訴えの利益が失われないと解することはできない。のみならず、本件訴えの事案の内容及び審理の経過にかんがみれば、右忌避の申立の点はともかくとして、その他の訴訟活動について原審の控訴人代理人が殊更本訴の引延しをはかつていたものとは認め難いし、右忌避の申立がなかつたとしても、本件各決議により選任された役員の任期中に本訴が確定するに至つたものとは考えられないところであるから、右忌避申立をしたことと本訴が訴えの利益を失うに至ることとの間には因果関係がないものというべきであり、被控訴人の主張は採用することができない。
6 また、被控訴人らは、本件各決議を行つた者に対する不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟及び理事長に対する受領ずみの報酬の不当利得返還請求訴訟を提起するについて、本件各決議の無効確認判決を得る必要があると主張する。しかしながら、仮に右各訴訟において本件各決議の効力又は役員の地位、資格等の有無が問題となるとしても、被控訴人ら主張のように本件各決議が無効というのであれば、右各訴えにおいてこれを前提問題として審理、判断をすれば足りるのであるから、右各訴えを提起する前提として本件訴えの利益を肯定することはできない。
7 他に本件訴えの利益を肯定すべき特段の事情があると認めるに足りる証拠はないから、本件訴えはその利益を欠くものというべきである。
二 そうすると、右と判断を異にする原判決は失当であるからこれを取消して被控訴人らの訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条の各規定を適用して、主文第一項ないし第三項のとおり判決する。
三 なお、被控訴人三田道忠は昭和五六年八月一三日、被控訴人戸次創は同年五月一八日それぞれ死亡したことは、本件記録上明らかである。成立について争いのない甲第一号証によれば、控訴人は営利を目的としない社団であり、その会員たる地位は死亡により消滅する一身専属的なものと認められるから、控訴人の会員たる地位に基づいて提起した右各被控訴人らの訴訟は、いずれも同人らの死亡により終了したものというべきである。よつて、同人らの関係においても原判決を取消し、主文第四項において右の趣旨を明らかにしておくこととする。
(裁判官 香川保一 越山安久 吉崎直弥)